黒の屍体と赤の屍体@香月泰男展

練馬区立美術館で開催されている「生誕110年 香月泰男展」を観に行きました。
閉幕間近ということもあり、平日の午前中にもかかわらず、かなり混んでいました。

香月泰男とは

香月泰男は、1911年生まれの洋画家。
山口県大津郡三隅村(現・長門市)出身。

東京美術学校(現・東京藝術大学)を卒業後、美術教師になりましたが、1943年、32歳のときに招集され、満州国へ。敗戦後はシベリアに抑留されます。このときの抑留体験をもとに、57点の油彩からなる《シベリヤ・シリーズ》が描かれました。

1947年、36歳で復員してからは、香月が「〈私の〉地球」と称した故郷の三隅で創作活動を続けました。
1974年没。享年62歳。

シベリヤ・シリーズ:概説

本展覧会の中心テーマである「シベリヤ・シリーズ」。
応召から復員までを時系列に展示することが一般的ですが、本展覧会では製作された順に展示されていました。

作者自身の手による解説文

「シベリヤ・シリーズ」は、その作品のひとつひとつに、香月の解説文が付されています。
これについて、香月は以下のように述べています。

自分に忠実であろうとすると、ますます他人には分りにくいものになっていく。一方で、人に理解されたくない、これはオレだけのものだという気持ちがあるのに、やはり分ってもらいたいという気持も他方にあるのは否定できない。しかし、妥協はできない。解決策として、私は説明文をつけることにした。

香月泰男(1970)『私のシベリヤ』文芸春秋, pp.14-15

「自分に忠実であろうとすると、ますます他人には分りにくいものになっていく」という部分が刺さります。描かれたその抑留生活が、人々の想像を絶するものであればあるほど、観る者には理解されにくくなることは容易に想像がつきます。なぜなら、観る者が未だかつて見たことのない光景や心象風景が描かれるのですから。
ホロコースト表象などの議論にも通じるものがあります。

独特のマチエール(絵肌)

香月の「シベリヤ・シリーズ」の絵の質感は、一言で言うとゴツゴツ・ザラザラとした石壁や土壁のようでした。
黄土色と黒で描かれるシベリアの世界。
油絵具に方解末を混ぜた黄土色の下地に、木炭粉で描かれたそうです。

その暗さ。硬さ。ひんやりとした冷たさ。
実際の作品は、写真や図録の印象をはるかに超えていました。

次ページでは、印象に残った作品やモチーフについて、いくつか言及します。

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