栗山民也演出・畑澤聖悟作の舞台『hana-1970、コザが燃えた日-』(@東京芸術劇場)を観てきました。
戦後沖縄の時代を扱った作品であるにもかかわらず、この舞台のキャストは、ナナコ役の上原千果さんを除いて、すべて県外出身の俳優さんです。
配役を見たとき、なんでうちなーんちゅの役者さんを使わないのか不思議に思っていたのですが、舞台を見て、いや演出の栗山民也氏はあえて沖縄出身者以外の役者さんたちで舞台を創ろうとしたのだろう、と思っています。
正直、最初のうちは、うちなーぐち(といっても、うちなーやまとぐちですが)の台詞回しには、やや違和感がありました。単語や語尾だけ真似ても、全体的なイントネーションがすでに違うので、耳がなんとなくもぞもぞしましたし、話すスピードとか会話のテンポなども個人的には気になりました。関西人のように、畳みかけるように話すうちなーんちゅはあまり見かけないので。
しかし見終わった今、この舞台にとって、うちなーぐちの台詞回しの完璧さにこだわることにどれだけの意味があっただろう?と思っています。例えば「正しいセリフ回し」の練習にかける時間を、登場人物の心情をより細やかに表現することに費やした結果が、あの素晴らしい舞台だったとしたら?
なぜなら。
県外出身者の役者さんが、「うちなーぐちの正しいセリフ回し」をどれだけ練習しようとも、おそらくうちなーんちゅが聞けば違和感が残ったはずだからです。
そして、この点はどう考えたらいいか、自分でも難しいと思っているところではあるのですが、セリフ回しに違和感がなければ、舞台のメッセージがさらによく伝わるのかというと、そうとも限らないんじゃないか、ということを、”この舞台に関しては”強く感じたからです。
「難しい」というのは、とはいえ、うちなーぐちでしか表現できないものもあるんじゃないか、と思うときもあるからです。文学作品は、特にそれが顕著に感じられるように思います。
例えばこの舞台のセリフも、全部標準語にしてしまったら?
それはそれで「何か違う…」と感じただろう、と思います。
他方で、ならば「うちなーぐちの正しいセリフ回し」とは何なのか?という問いを立てることもできます。
より具体的には、そもそも60~70年代のコザで話されていた「正しいうちなーぐち」とは何なのか?という話でもあります。
那覇ことばでも首里ことばでもない、コザのことば。
それを聞き分けられるうちなーんちゅは、今や沖縄にだってそう多くないはずです。
もし、当時の時代背景や人々の心象風景を「正しく」再現しなければ、お芝居としての表現が成立しないのだとしたら、そこで話されるうちなーぐちも、復帰前のコザんちゅたちが話すそれでなければならないことになります。
「うちなーぐち」と一口で言っても、地域によってそれぞれ異なります。
特に宮古・八重山の昔ながらのことばは、本島出身者でも何を言っているのかさっぱり分からない、と聞きます。
また、沖縄芝居はうちなーぐちで演じられますが、使われているのは、地域で異なるうちなーぐちの共通語として編み出された「芝居ことば」だそうです。
そうでなくても、こんなに人の心を揺さぶる舞台を創ることができる。
この舞台は、何にこだわったことでこのような素晴らしいものになったのか。
舞台の表現を支える「ことば」とは何なのか。
深く考えさせられました。
カーテンコールはスタンディングオベーションでした。
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