【書籍】上間陽子(2017)『裸足で逃げる:沖縄の夜の街の少女たち』

書評

 本書は、キャバ嬢や援助交際をしながら生きる沖縄の少女たちへの聞き取り調査の記録である。少女たちは、すさまじい暴力からまさしく「裸足で逃げる」ことで生き延びようとする。背後に透けて見えるのは沖縄の貧困の現状だ。事実、著者の上間陽子氏は、地元紙のインタビューで、「沖縄は貧困社会であること、そして貧困は、まぎれもなく暴力の問題だということです」と答えている。

 現代の沖縄の少女たちの声に、占領下の時代を生きた人々の声が重なった。権力の圧倒的な支配の前に、身内を殺されるという理不尽な暴力を受けても、悲しみや怒りより先に「諦めるしかなかった」と語ったある男性。類似の事件は、当時の沖縄では日常茶飯事だったと聞いた。沖縄の戦後史は、国家の暴力に否応なく投げ込まれた人々の抵抗の歴史である。その暴力に正面切って抵抗した人もいれば、感情を殺して耐えることを選択した人もいる。中でも、物的・人的資源を持たない人々に残された手段は、島という限られた空間を逃げまどうこと――沖縄戦のときもそうだったように――だった。そのような厳しい環境の中で、生き延びるために下した個々人の選択に対して「自己責任だ」などとどうして言えるだろう。本書に登場する少女たちも同様である。暴力は、その常態化を支えるマッチョな思想とともに、今なお沖縄社会を覆っているからだ。しかし生まれながらに資源を有する人々から「自己責任」と審判された少女たちは、社会から疎外され、「見えない存在」となる。筆者とほぼ同世代でもある著者の、少女時代の思い出が綴られたまえがきには、当時那覇に住む中学生だった筆者にも馴染みのある景色と、全く知らない――本書の少女たちには日常的な――景色の両方が描かれていた。単に生活していた地域の違いなのか、それとも筆者の周りにもあったはずなのに気づかなかったからなのか…。否、彼女たちを「見えない存在」にしたのは誰なのか?

 少女たちはさまざまなつながりから絶たれてしまっている。しかし本書には、彼女たちの存在を認め、そっと見守る人々の姿も描かれていた。クワガタを持たせる父、化粧で青あざをつくる友、少女を人として遇する看護師、そして言葉の力を信じ、少女たちと関わり続ける著者。私たちは一刻も早く少女たちに、そしてこの社会に向き合わなければならないのではないか。彼女たちがこのわずかなつながりすら失ってしまう前に。

初出:『新英語教育』577号, 2017年, p.44

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