【書籍】屋嘉比収(2009)『沖縄戦、米軍占領史を学びなおす: 記憶をいかに継承するか』 

書誌情報

私の研究の関心は、この本から始まりました。
原点の書であり、永遠のバイブルです。

本書の概要

内容について

本書は、沖縄戦と米軍占領下の歴史について、著者自身の「学びなおす」という視点から綴られた論考集です。

第一部の「沖縄戦を学びなおす」では、

  • 市町村史の沖縄戦記録のマスター・ナラティブと、その批判的継承としての「島クトゥバで語る戦世」
  • 「集団自決」と「愛するがために」の論理
  • 「証言」と「語り」
  • 「平和の礎」の可能性
  • 「命どぅ宝」の「(再)発見」

第二部の「米軍占領下を学びなおす」では、

  • アメリカの対東アジア政策と密貿易の盛衰
  • 沖縄の高度経済成長
  • 宜野座村と宜野湾村伊佐浜地区の土地接収
  • アメリカニズム

などのテーマが取り上げられています。

本書の内容は、上記のようなテーマに関する解説ではなく、その一般的な知見を筆者の視点から改めて捉えなおす、という点に主眼が置かれています。そのため、沖縄戦および沖縄戦後史をひととおりご存知の方に特にお勧めしたい本です。
論考集なので、第一章から読み進めるのはもちろんのこと、関心のあるテーマを扱っている章をピックアップして読むこともできます。

著者について

筆者は屋嘉比収先生。ご専門は日本近現代思想史・沖縄学。
1957年生、沖縄生まれ。1998年、九州大学大学院比較社会文化研究科博士課程単位取得退学。
沖縄大学法経学部で教鞭をとっておられましたが、2010年、53歳の若さでお亡くなりになりました。

本書のポイント

〈当事者性〉の獲得

沖縄戦の継承を考えるにあたり、沖縄戦の非体験者である戦後世代は、沖縄戦の〈当事者性〉をいかに獲得していくか、という点が課題であると、筆者は指摘します。

今、戦後世代の私たちに問われている緊要なことは、非体験者としての位置を自覚しながら、体験者との共同作業により沖縄戦の〈当事者性〉を、いかに獲得していくことができるかにある、と言えるのではないだろうか。

p. ⅱ

そのための手立てとは何か?
筆者は次の三つの視点の必要性を挙げています。

  1. 沖縄戦の〈継承〉という論点とともに、沖縄戦の体験談を〈共有し分かち合う〉という視点
  2. 沖縄人に〈なる〉という視点
  3. 沖縄戦や米軍占領下という〈大きな物語〉に対して、家族史や個人史的な視点という〈小さな物語〉から考えてみる

そのことによって、戦後世代が「いかに想像力を喚起することができるか」が問われている、と筆者は述べています。

記憶の断片をつなぐ

特に③の視点について、〈小さな物語〉という記憶の断片を想起し、それを〈大きな物語〉につなげ、重ねて考える視点を決して手放してはならないと筆者は強調します。

一般的に、沖縄戦と米軍占領下のできごとは分けて扱われることが少なくありません。
しかし沖縄戦の体験者にとって、米軍占領下でのできごととは沖縄戦の記憶を想起させるものでもありました。

では戦後世代の私たちは、現代の課題やできごとから、沖縄戦や米軍占領下の歴史に連なる記憶をどのように想起することができるのでしょうか。筆者は、「想像力」を媒介に、当事者の記憶の断片を非当事者の〈当事者性〉の獲得へとつなぐ道筋を提案しています。

自らの私的記憶という〈小さな記憶〉から、沖縄戦や米軍占領下の事件という〈大きな物語〉へとつなげて、それらの記憶の断片を想起し重ねて考えるあり方(…)。それは客観的な事実認識の継承とともに、(…)戦後世代の非体験者が記憶の断片をつなぎとめながら、「私だったらどうするか」という想像力を介した〈当事者性〉を拡張し獲得しようとする視点へとつながるものである。

p. ⅺ

なお「私だったらどうするか」とは、岡本恵徳氏の思想からの引用です。

注目したい引用

すべての体験者の、すべての経験を記憶することは原理的に不可能です。また、体験者が語った言葉を一字一句違わずに第三者に伝えれば、それで「記憶が継承される」わけでもありません。例えば以下の引用は、そのことを私たちに気づかせてくれます。

「継承」するとは、「学びなおす」ということではなかろうか。

p.ⅻ

チビチリガマにおける「強制的集団自殺」は、日本軍の東アジア地域での蛮行とは決して無縁ではない。(…)沖縄の戦後世代として、沖縄戦の記憶を東アジアの歴史や現在のなかで継承しようとするとき、その「加害」が「被害」へとつながっていることを決して「忘却」してはならない。

pp.70-71

記憶は、記憶するか忘却するかではなく、どのように記憶するかが重要であり、多くの記憶の形態から、どの記憶を選択するかが肝要となる。

p.149

本書の読みを深めるための参考資料

阿部小涼(2012)「<書評>ラディカルな沖縄の〈当事者〉 : 屈折するインテグリティと沖縄戦後史プロジェクト (屋嘉比収著『沖縄戦、米軍占領史を学びなおす : 記憶をいかに継承するか』世織書房、二〇〇九年)」『沖縄文化研究』38巻, pp.291-316
http://doi.org/10.15002/00007985

新城郁夫(2012)「聴く思想史:屋嘉比収を読みなおす」『沖縄文化研究』38巻, pp.555-580
http://doi.org/10.15002/00007977

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